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藍で発展した徳島県 脇町には「うだつ」の町並みがつづく

天正13年(1585年)、蜂須賀家政が阿波に入国した時代、当時の吉野川はしばしば氾濫し、流域のまちは、稲が育ちにくかった。家政は、その地域で、梅雨前に収穫できる「藍」に目をつけ、藍の生産を保護した。当時、脇城の城代であった稲田植元は、その意向を受け、脇町で藍商を奨励した。脇町(徳島県)では、吉野川の豊かな水の恵みを生かして、藍商が繁盛し、商家は、巨万の富を築き上げたという。土佐や讃岐をはじめ、さまざまなまちに藍染めの製品が届けられた。
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現在、脇町(徳島県)の中心を東西にのびる脇町の「南町通り」沿いには、江戸時代から昭和初期にかけて立てられた商家が80数軒が並ぶ。塗籠め壁や出格子、虫籠窓を構える 家々の多くは、藍商で栄えた商家だ。特徴的なのは、それらの多くは、屋根の上に、競うように「うだつ」を構えていることだ。

「うだつ」とは、隣家との境の二階の壁面からつきでた小屋根つきの袖壁のこと。「うだつ」は、もともとは防火の目的につくられたのだが、つくるのに相当な費用がかかることから、次第に、富の象徴としても見なされるようになった。

現在、脇町(徳島県)には、約50棟の、うだつを構えた商家がひさしを重ねている。一本の道筋に、「うだつ」をあげた家々が並ぶ光景は全国的にも珍しく、南町通りの界隈は、重要伝統的建造群保存地区に指定されている。

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